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​ミサのご案内

11月のミサのご案内

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 1日(日)諸聖人                 午前 9時

 2日(月)死者の日             午前10時

 6日(金)年間第31金曜日         午前10時

 8日(日)年間第32主日(聖歌を歌ふ会)    午前 9時

13日(金)年間第32金曜日(聖書勉強会)    午前10時

15日(日)年間第33主日(七五三祝福・ミニバザー)午前 9時

20日(金)年間第33金曜日           午前10時

22日(日)王であるキリスト(教会の守護者お祝い) 午前 9時

27日(金)年間第34金曜日(聖書勉強会)   午前10時

29日(日)待降節第1主日            午前 9時

​(典礼委員会と教会委員会 14時~ )

『 11月2日 死者の日 』

 

✤死者聖徒の交わり

教会は天国の諸聖人を祝った翌日、すなわち11月2日に死者の霊を記念する。これは旅する教会(この世)の信者と天上の教会(天国)の聖者と苦悩の教会(煉獄)の霊魂とこの世の信徒同志が一致団結して各自の功徳を譲り合いながら、あるいは霊的善を交換しながら助け合うこと、いわゆる「聖徒の交わり」を深めるためでもある。死者の霊は、小罪に汚れていたり、まだ罪の償いを果たしていなかったりすれば天国の至福に入る前に煉獄で清められねばならない(フィレンツェ公会議、1438年)。これは神の至聖と正義を考えれば当然なことである。すなわち至聖なる神は、その聖性と氷炭相いれない罪に汚れた霊魂の浄化を望むはずであり、しかも公正な審判者である神は、完全な罪の償いを要求されるに違いないからである。

✤煉獄の苦罰 は火であると一般に信じられている。

つまり煉獄の霊魂は、その罪の軽重、多少に応じて、こうこうと燃え上がる火の中で浄化される。それにまして、一層苦しく感じるのは神を直視できないことである。この世では、いくら悲惨な目にあっても、周囲の人の慰めや五官の楽しみなどで、いくらかは気を紛らわすことができる。ところが肉体を離れた霊魂には、それができない。霊魂は、その本性からして必然的に創造主なる神に向けられているので、自分の幸福の源になる神をひと目でも仰ぎ見て楽しみたいとしきりに憧れる。この激しい欲求とともに、神の美しさ、その善さ、その愛すべきこと、筆舌に尽くし難いほどの天国の至福などが、始終眼の前にちらついてくる。それを思うと一刻も早く天国に昇りたくて矢も盾もたまらないのだが、残念なことにそれが許されない。この限りない欲求不満に加えて、果てしない苦痛のどん底に独り寂しく取り残されるので、ますますやるせない苦痛を覚える。つまり「煉獄の苦痛は、この世において人が耐え忍ぶことのできるすべての責め苦、いな、想像することのできるすべての責め苦よりも、まだまだ耐え難いものである」(聖セザリオ)

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